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5-4「ビートルズ登場〜I Want To Hold Your Hand」

ロックンロールの歴史を紐解く連載「THE GOLDEN AGE OF ROCK AND ROLL」第5回「ビートルズ登場〜I Want To Hold Your Hand」その4。

今回は、誕生から約10年経ったロックンロールのビジネスとしてのシステム構築やシーンの成熟度について。
5-3「ビートルズ登場〜I Want To Hold Your Hand」より続く

これら一連の逸話には、アーティストや周辺スタッフのことだけではなく、誕生から約10年経ったロックンロールのビジネスとしてのシステム構築やシーンの成熟度・・・といった話も絡んでくる。

ビートルズがアメリカに進出をするまではアメリカのヒットチャートは一部の例外的な一発ヒットを除き、殆どが国内のアーティストで占められていた。イギリスではトップアーティストだった「イギリスのエルヴィス」ことクリフリチャードですらアメリカではどうにかこうにか曲がヒットするかしないか程度の存在で、イギリス国内でのトップアイドルぶりからは程遠い状態だった。

ビートルズも例外ではなく、大手キャピトルから「抱きしめたい」が発表されるまでの間に、数枚のシングルがアメリカのインディーレーベルを通して「イギリスの人気グループ」といった扱いで発売されてはいた。しかしイギリスでは大ヒットしたこれらの曲も、インディーからの発売ではまったくヒットしなかった。

ところがこれがメジャーのキャピトルの手による大規模な宣伝や話題作りなど、メジャーならではの販売網と企業力を発揮したとたん爆発的にヒットしたというのは、この時期レコード産業がようやくビジネスとして成熟し始めたことの証であった。50年代のような、腰が重いメジャーレーベルを尻目にチェスやスペシャリティーのようなインディーレーベルが、ゲリラ的にムーブメントを作り上げてしまうような偶発的な現象はもう起こりえなくなっていたのだ。企業として成熟し始めたメジャーなレコード会社は、もはやインディーレーベル如きにオイシイ話を掠め取られるような間抜けな真似をしない、させない・・ようなシステムを構築し始めていたのだ。

そうした成熟しつつあったビジネスのシステムとビートルズという核の存在が連動して、状況はビートルズにとっては絶妙なタイミングで動いていた。イヤ、皆がよってたかってそう動かしていたと言ったほうが正確だろう。「抱きしめたい」がチャートで首位を独占している前後に、ビートルズはアメリカの人気番組「エドサリバンショー」に出演するためアメリカに上陸した。空港では何百人というティーンが熱狂的に彼らを迎え入れた。そこに集まっていたのはラジオで故意にビートルズの到着時間を知らされたティーンエイジャー達だったと言われている。

今となってはあまり想像もつかないようなことかもしれないが、この時点でビートルズは何もかもが新鮮だった。64年頃にワンパターンのティンパンアレイポップスに飽き飽きしていたアメリカのティーン達は真っ先にこの新品の刺激的なアーティストに飛びついたのだ。アメリカのティーンにとって異国のロックンロールバンドも彼らが着ているおそろいのスーツもモップのような髪型もサウンドも何もかもが新鮮に思えたのだ。

あまり自分の意志を表明しなかったそれまでの芸能人アーティスト達と違い、ビートルズは記者会見等で何のひねりもない、下らない下劣で大衆のゴシップ的で覗き趣味を満足させるためのみに存在するかのようなお決まりの質問に対して、持ち前のユーモアの精神と冷笑的な態度でメディア側より一枚上手を行くようなやり方で応答した。

質問「何か歌ってくれますか?」

答え「その前に金だ」

質問「人気の秘密は?」

答え「宣伝担当者がいるから」

質問「アメリカで髪を切りますか?」

答え「昨日切ってきたよ」

質問「ベートーベンをどう思いますか」

答え「彼の詩がいいですね」

またライブでもジョンが「安い席の人は手をたたいて応援してください。高い席にいる人達は自分達の身につけている宝石を打ち鳴らしてください」等と言ったりして、イギリス人ならではのユーモアのある態度で彼等は注目を浴びていた。これらは彼等の持ち前の英国人特有のユーモアの精神を正直に出したという面と、イメージ戦略的にわざと仕掛けられてるという両面があった。

そんな今までになかった彼らのひねくれたような態度は、大人達の目には「傲慢なろくでなし」と映り、旧態然とした人々の神経を逆撫でし、彼等は「生意気な若造」とのレッテルを貼られることになる。

しかしこうした一連の発言等により自らが操り人形の芸能人ではないということを証明したビートルズは、ケネディ、公民権運動、ベトナム戦争、ヒッピー等60年代中後期のアメリカのキーワードとなっていくような事象の前触れとして、そうした態度に共鳴する後のヒッピー予備軍のティーンエイジャーから絶大な支持を集めていったのだ。ビートルズが登場し始めた60年代半ばぐらいからはティーンの間では、「しびれて目覚めて抜け出せ/Tune in,tune on,drop out」等というスローガンが掲げられ、いよいよ学生運動やベトナム反戦運動が本格的になりつつあった。

5-5「ビートルズ登場〜I Want To Hold Your Hand」へ続く

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